昔、若い頃にカメラマンの仕事をしていた頃お世話になった人に名刺をもらった時のこと。 一見とてもシンプルな、なんの変哲もないカタギな文字のみでデザインされたものだったけれど、手に取ったときに温かみを感じた。 当時肩書きみたいなものや名刺みたいなものが、自分にとってとても意味があると感じていた時代、目に留まったことを告げると、特別なデザインなのだということを話してくれた。 100万通りのフォントが自由自在にデジタルで組み合わせられる時代に、この名刺は、年を重ねた書体を設計する職人さんが、一から手書きで造ったものなのだ、ということだった。 「いつまでご生存かわからないから、その前に依頼したんだ」 そう言っていた。 タイプで打ち込めば、人の肩書きと連絡先と名前は1分もかからずに造れる時代に、依頼者のイメージに沿って、明朝体のちょっとしたハネを柔らかい形に丸めてみたり、その自由自在な形は、文字を文字としてとってみると、どれもこれも変わらない。 ディスレクシアの自分にとっては、その文字のたった0.1ミリの誤差が、読みやすくさせたり、バランスの取れない不協和音を感じたりすることもあって、その名刺の話はとても印象に残った。 翻訳の加藤ランゲージサービスさんより、起業にともなってロゴの依頼をいただいたとき、どんな絵のイメージにするかも時間をかけてインスピレーションを受け取ったのだけど、それよりも更に時間をかけたのは、屋号の文字のデザインだった。 普段はパソコンで、山ほどのフォントからコンセプトのイメージにあったフォントをいくつかピックアップしたりしたものをベースに、作り込んでいく。 けれどもまず屋号の名前を聞いたときから、わたしの中に浮かんだのは、古い本にびっしり並んだ、紙の上の印字だった。 依頼人の智子さんの、バックグラウンドや想い、小さな頃から本に囲まれ、言葉に囲まれて生涯そこに愛を注いできた結果の、翻訳という大切な仕事。ふたつの異なる言語を、つなぎ、美しい世界をより広い世界に届けるためにとても重要な仕事だ。 ただ彼女の素晴らしさや良さの原点には、少女だった頃にただただ大好きだったお話を読み耽った記憶や、異国の世界に広がる美しい憧憬が、ただの文字が並んだ本の中から無限に拡がることを知っていることがある。 たくさんの書物や作品に触れるたびに、世界は広がりこの先も大きな仕事を積み重ねていく中で、知識を得て、より賢くなっていくことだろうと思う。 けれども、わたしが作り届けたいコンセプトのデザインには、そうやって積み重ねていった最後に、道に迷ったときに、もう一度思い出せる核の場所、忘れてしまったときに、自分の中の一番の愛を思い出せるようにと願いが込めてある。 愛らしい絵は、彼女がどれほど賢く優秀で一流の世界を渡り歩いても、純粋無垢で可愛らしい自分の”好き”を忘れないように。 そして、古い洋書からひとつひとつアルファベットを拾った。 あのぼやけた紙に印字された、にじんだ英字の感触の愛おしい感触を、いつも忘れずに慈しむことができるようにと願いを込めて。 トレーシングペーパーに一字づつ手書きでアルファベットの形を整えながら並べる作業。原始的で、有機的で、言葉がいかに生ものであり、生きているものなのかを思い出してゆく。 ていねいに仕上げたあと、もう一度スキャンして、データ化すると、まるでそれは最初からそういうフォントみたいに見える。面倒な作業を間に挟んでいるとは誰も気づかない手間だ。 そして、その時間をかけて作り出したエネルギーは、文字に必ず乗ってゆく。そう、わたしが昔、パッと見て何の変哲もなさそうに見えるのに、何かが違ったあの名刺のように。 納品した時には、あまり制作過程を語らなかったので、ただのフォントに見えたかもしれないけれど、そのひとつひとつの地味な手間が、最後大きな作品に彩りを添える字幕や翻訳された和書のように、この世界のすべての形あるものに愛を宿らせることを忘れずにいてほしい。 そんな想いの詰まった、かわいくて、なおカタギな屋号にも温もりを添えた、加藤ランゲージサービスさんのロゴです。
加藤ランゲージサービスロゴ
昔、若い頃にカメラマンの仕事をしていた頃お世話になった人に名刺をもらった時のこと。
一見とてもシンプルな、なんの変哲もないカタギな文字のみでデザインされたものだったけれど、手に取ったときに温かみを感じた。
当時肩書きみたいなものや名刺みたいなものが、自分にとってとても意味があると感じていた時代、目に留まったことを告げると、特別なデザインなのだということを話してくれた。
100万通りのフォントが自由自在にデジタルで組み合わせられる時代に、この名刺は、年を重ねた書体を設計する職人さんが、一から手書きで造ったものなのだ、ということだった。
「いつまでご生存かわからないから、その前に依頼したんだ」
そう言っていた。
タイプで打ち込めば、人の肩書きと連絡先と名前は1分もかからずに造れる時代に、依頼者のイメージに沿って、明朝体のちょっとしたハネを柔らかい形に丸めてみたり、その自由自在な形は、文字を文字としてとってみると、どれもこれも変わらない。
ディスレクシアの自分にとっては、その文字のたった0.1ミリの誤差が、読みやすくさせたり、バランスの取れない不協和音を感じたりすることもあって、その名刺の話はとても印象に残った。
翻訳の加藤ランゲージサービスさんより、起業にともなってロゴの依頼をいただいたとき、どんな絵のイメージにするかも時間をかけてインスピレーションを受け取ったのだけど、それよりも更に時間をかけたのは、屋号の文字のデザインだった。
普段はパソコンで、山ほどのフォントからコンセプトのイメージにあったフォントをいくつかピックアップしたりしたものをベースに、作り込んでいく。
けれどもまず屋号の名前を聞いたときから、わたしの中に浮かんだのは、古い本にびっしり並んだ、紙の上の印字だった。
依頼人の智子さんの、バックグラウンドや想い、小さな頃から本に囲まれ、言葉に囲まれて生涯そこに愛を注いできた結果の、翻訳という大切な仕事。ふたつの異なる言語を、つなぎ、美しい世界をより広い世界に届けるためにとても重要な仕事だ。
ただ彼女の素晴らしさや良さの原点には、少女だった頃にただただ大好きだったお話を読み耽った記憶や、異国の世界に広がる美しい憧憬が、ただの文字が並んだ本の中から無限に拡がることを知っていることがある。
たくさんの書物や作品に触れるたびに、世界は広がりこの先も大きな仕事を積み重ねていく中で、知識を得て、より賢くなっていくことだろうと思う。
けれども、わたしが作り届けたいコンセプトのデザインには、そうやって積み重ねていった最後に、道に迷ったときに、もう一度思い出せる核の場所、忘れてしまったときに、自分の中の一番の愛を思い出せるようにと願いが込めてある。
愛らしい絵は、彼女がどれほど賢く優秀で一流の世界を渡り歩いても、純粋無垢で可愛らしい自分の”好き”を忘れないように。
そして、古い洋書からひとつひとつアルファベットを拾った。
あのぼやけた紙に印字された、にじんだ英字の感触の愛おしい感触を、いつも忘れずに慈しむことができるようにと願いを込めて。
トレーシングペーパーに一字づつ手書きでアルファベットの形を整えながら並べる作業。原始的で、有機的で、言葉がいかに生ものであり、生きているものなのかを思い出してゆく。
ていねいに仕上げたあと、もう一度スキャンして、データ化すると、まるでそれは最初からそういうフォントみたいに見える。面倒な作業を間に挟んでいるとは誰も気づかない手間だ。
そして、その時間をかけて作り出したエネルギーは、文字に必ず乗ってゆく。そう、わたしが昔、パッと見て何の変哲もなさそうに見えるのに、何かが違ったあの名刺のように。
納品した時には、あまり制作過程を語らなかったので、ただのフォントに見えたかもしれないけれど、そのひとつひとつの地味な手間が、最後大きな作品に彩りを添える字幕や翻訳された和書のように、この世界のすべての形あるものに愛を宿らせることを忘れずにいてほしい。
そんな想いの詰まった、かわいくて、なおカタギな屋号にも温もりを添えた、加藤ランゲージサービスさんのロゴです。
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